寒天ブーム
どの業界でも、ブームが到来すると、関係する人達は小躍りするものだ。「この機会を逃してなるものか。荒稼ぎするぞ」と、腕まくりするのが普通である。しかし、四十七期連続増収増益という輝かしい実績が示すように、きわめて地道に寒天の普及に努力してきた、寒天の専門メーカーである伊那食品工業は、ブームへの対応からして、やはり他とは違う。「さすがだ」と、改めて見直したくなる立派な姿勢を貫いている。
伊那食品工業が業界紙に掲載した広告は、その姿勢を端的に表している。「寒天の原料(テング、オゴノリ)は、限りある資源です。ブームに、冷静な御協力を」と見出しに記されている。ブームが到来したら、この機会を逃してなるものかと、後先を考えない企業が多い中で、「冷静に対応してほしい」とお願いの広告を出すこと自体、驚きである。
広告は、「寒天の人気が高まり、ある面では喜ばしいことですが、限りある原料への認識のない市場拡大は、原料の乱獲を招き、業界の健全な発展を阻害します。弊社は昔から企業のあるべき姿として、品質・供給・価格の安定を計るべく、多くの国々で原料の開発・輸入の努力をしてきました。一時的なブームは原料の産地や寒天ユーザーの皆様に好ましくない影響を及ぼします。冷静な御協力をお願いします」と訴える。
まったくもって、堂々たる正論ではないか。このような正論が通じなくなった現在の日本社会を悲しい思いで眺めてきた私からすると、伊那食品工業の姿勢は、まことに凛々しく、感動さえ覚える。そしてさらにうれしいと思うのは、そのような姿勢を持つ会社だからこそ、四十七年間連続増収増益という輝かしい実績を継続できたことだ。やはり、「志がなければ、企業は永続できない」とつくづく教えられる。
聞くところによると、今年二月、NHKの『ためしてガッテン』という番組で、「寒天が、早死につながる四大成人病に極めて有効な働きをする」と、具体的な実績をもって報道したことがブームに火をつけた。飛ぶように寒天製品が売れ始めた。業界で断然トップを走る伊那食品工業では、前年比三割から四割増という異常な売れ行き。作っても作っても、足りない。休日返上で、お客様の要望にこたえようとした。しかし、民放が寒天ブームをあおり始めてから、雲行きがおかしくなってきた。伊那食品工業はいち早く冷静を取り戻した。「寒天の効用を正しく知ってもらうためにはありがたい機会になった。しかし、ブームにあおられて、正しい姿勢を失ってはならない」と、同社の会長である塚越 寛さんと社長の井上 修さんは、冷静な対応を社内外に呼びかけ続けている。立派。