答え
ある大手証券会社の開催した会合。冒頭に、専務執行役員が挨拶に立った。「私の三十一年の証券マンとしての経験の中でも、今回のような事態に遭遇したの は、初めてです。だから、これからどうなるかといった予想もつかないし、どうすれば良いかといった処方箋を示すこともできません。そこで、今日の講演会で は、講師の上甲さんに、ぜひとも、今後の対応について、答えを教えていただきたい」と、いきなり、私に向かって、とてつもない課題が放り投げられた。
私の話の中身は、もともと、時々の変化に対応する方法論とはまったく逆である。時代を越えて変わらない大切なもの、さらに言えば真理といったものを説き続 けてきた。「変化よりも、不変」。だから、この日も、同じ話をするつもりであった。ところが、いきなり大きな宿題のボールを投げられたものだから、何か一 つの答を示さなければならないと考えた。
話の最後に、「本物は、いついかなる時代にも生き残れます。それだけは信じても良い。それさえも信じら れなくなったら、末世であります。今こそ、本物は必ず生き残れると信じる、そして、だからこそ、今、゛本物に生まれ変わるチャンス゛を迎えたと考えるべき であります」と締めくくった。我ながら、思いを端的に表現できたと思った。
今こそ、「まず、本物は必ず生き残れる」と信じることだ。明日どうな るだろうかと心配する暇があったら、まず、「本物は生き残る」という真理を信じることだ。そしてその次に、「本物に生まれ変わろう」と決心することであ る。「本物に生まれ変わる」ためには、厳しい環境の時ほど、やりやすい。このままいけば、立ち行かなくなるのではないかと思うほどの困難に出くわせば、誰 でも、自らのあり方を根本から反省できる。そして最後に、「それでは本物とは一体何だろうか」と考えることだ。
「本物は生き残る。今こそ、本物 に生まれ変わるチャンス」。私の締めくくりの言葉が、聴衆にも少しばかり光明になった様子である。講演会の後の食事会では、乾杯の時も、開会の挨拶も、 「本物は生き残る。今こそ、本物に生まれ変わるチャンス」の言葉が、みなさんの口を突いて出た。私自身、自分で言いながら、「そうだよな」と自ら納得し た。
それにあえて付け加えるならば、「本物は、当たり前をしっかりと励む」。今回の事態に、特別な処方箋があると考えること自体、既に間違って いる。「特別な方法などありえない。誰でもが知っている当たり前のこと、誰でもが当たり前と思っていることを、徹底してやりきることができること」が、本 物に生まれ変わる道である。