「青年塾」塾生諸君への手紙

上甲 晃/ 2002年05月19日/ デイリーメッセージ

「同じ事を、二度言わせるな」と叱られた思い出

五月は、公文教育研究会の教育改革キャラバンに協力して、全国各地を回っています。先日は、大阪で、千二百人もの聴衆を前に話をさせていただき、私もずいぶん力が入りました。また同社の社長である杏中(あんなか)保夫氏と二人の講演であるため、私自身、杏中社長の話を聞いて、いろいろと学びがありました。

杏中社長は、もともと野村證券に勤務していた人です。野村證券始まって以来という、最年少の重役であり、四十歳になったばかりで、常務取締役の席にありました。将来は有力な社長候補とうわさされていたことは、私も、何かの雑誌で読んだような記憶があります。

最年少重役になれた秘密

その杏中さんが、学生時代から親友であり、野村證券でも同僚であった公文毅さんから頼まれて、公文教育研究会に転職したのです。当時、公文毅さんは、重病で床に伏していたそうです。「公文さんは、もはや自分の命の長くないことを悟り、私に後事を託したのです。私は、友達の熱い思いを受けて、後先を考えずに、野村證券を退職して、公文に入社しました」、杏中さんは、証券マンとして嘱望されていた将来の可能性を捨てて、友人の志を継いだのです。

杏中さんは、野村證券時代、とにかく腕利きの証券マンとして、業界でも有名な人であったようです。その杏中さんのサラリーマン時代の思い出話を聞きながら、私は、自分のサラリーマン時代を思い起こしました。同じ時代を生きてきた親近感もありますが、私もまた、杏中さんと同じようなことを考え、同じようなことを言っていたような気がします。

「上司が、私に聞くのです。君は、お客と、会社とどちらが大事か、と。私は胸を張って答えました。お客です。すると上司はどう言ったか。何を奇麗事ばかり言っておる。会社があってこその仕事であり、会社があってこそ君たちの生活が成り立つ。まず会社が利益を上げてこそ、客のためにもなる仕事ができるのだと」、そんな思い出話を杏中さんが紹介してくれました。私は、かつて同じようなことを上司に向かって言っていた記憶があります。当時は、とにかく生意気なことでは人後に落ちない私でしたから。
 

「言うだけのことはやれ」と言われて、大発奮

杏中さんは続けました。「君、立派なことを言うのなら、まずやることをやれ。売上成績を上げてから、理想論を言え」、そんな捨て台詞を、上司は杏中さんに向かって吐いたそうです。ただ、野村證券には、「売上を上げてさえいれば、言いたいことが言える風土」があったそうです。

私もまた、まったく同じ経験がある。「言うなら、やれ」、「やることをやってから、言うことを言え」と、生意気盛りの若いころに上司から注意された記憶があります。

そんなときに、意気消沈して黙ってしまわないところが、私と杏中さんの共通点でしょう。杏中さんは、「猛然とファイトが出ました。よし、それならまず売上を上げてやろう」と心に決めたと言います。私もまた、「よし、それならば、やるべきことを誰よりも早く、誰よりもみごとにやってやろうではないか」と張り切ったものです。杏中さんは、数年後には、引っ張りだこの証券マンになりました。業績は、どんどん上がり、地位もまたとんとん拍子に高くなっていったそうです。

お客さまの立場に、立ち切る

杏中さんは、売上をどんどんと上げることができた秘密を明かしてくれました。「お客様の立場に立ち切る」。その一言でした。私はその一言を耳にして、やはり、野村證券で最年少の役員に抜擢されただけのことはある人だと、改めて認めなおしました。

売上を上げるために、なりふり構わない商売をしたというのではないのです。「お客様の立場に、立ち切る」。いい表現です。とりわけ、杏中さんは、「立ち切る」と何度も強調しましたが、この「立ち切る」という姿勢がさすがではないでしょうか。お客様の立場に立って仕事をする程度の良識的な姿勢は、ちょっと心がければできることです。「立ち切る」の一言に、いっさいの妥協を許さない決然とした姿勢があります。また、それぐらいのものがなければ、業界に名をとどろかせるような人物にはなれなかったことでしょう。

事を成す人は、やはり、強い思いがあり、高い志があり、動かぬ信念がある。そんなことを改めて教えられた気がして、私は、歳甲斐もなく、ふつふつと力が湧き出てくる思いがしました。

杏中さんは、こんなことも言いました。「営業部門では、売上を詰めるという言葉を使います。今月はいくら売れるかを、ぎりぎりと締め上げるようなことを指して言うのです。私は、売上をいくら詰めてみても、絶対に売上は上がらないと思っています。そんなことよりも、何のために仕事をしているのか、その一番根本を共に考えて詰めていくことこそ、売上を上げていく道です」。私が、今、全国各地で訴えている、「原点に立ち返った経営」とまったく同じ思いでした。
 

一つの確信をもてる一年にしよう

諸君、世知辛い世の中だからこそ、高邁なことを考えてください。目先のことに目を奪われやすいときだからこそ、高い志をもち、高い理想を求めましょう。今は、志が一番必要とされる時代です。ぜひこの一年を通じて、諸君の心の中に、揺るがない信念のようなものの芽が生まれてくることを、私は心の底から願っております。

さて、一つだけ、苦言を呈します。『人に迷惑をかけない』、それが、より良く生きる人生の第一歩であることを、入塾式のあとの研修で申し上げました。具体的には、締め切りを厳守することもお願いしました。それは、入塾式のためにどんな参加の仕方をされるかをお尋ねした用紙の返却ができていない人があまりにも多かったからです。そのために、事務局がいちいち確認の電話を入れなればならないほどでした。諸君が、決められた締め切り日を守らなければ、誰かがいちいち確認の電話をしなければならないといった迷惑をこうむるのです。
 
一度言われたら、二度と繰り返さない厳しさを

そのときに言いました。「一度の失敗はいい。大事なことは、二度と同じことを繰り返さないことである」と。今回の失敗に懲りて、それ以来、締め切り間に合わないようなことはなくなったとすれば、それは一つの大きな進歩であります。私は、諸君にそのような学び方を求めたことを記憶しておられるでしょうか。
先月末までに、今年の特別講座への参加の希望を出して欲しいと用紙をお配りしました。
配りながら、今回は、「誰一人として、締め切りに遅れない」、そんな状態を期待していました。しかし、私の期待は、案の定、裏切られました。やはり二十人近い人が、締め切りに出してこないために、集計ができず、事務局が改めて確認せざるを得なくなってしまったのです。懲りない面々、ではないですが、進歩していません。

私は新入社員のときに、『同じことを二度言わせるな』と叱られた記憶があります。それから、絶対に、同じ失敗を二度繰り返さない、同じ注意を重ねてされない、そんなことを意地のように実行してきました。もちろん、人間ですから、それでも同じ間違いを繰り返すことはあります。締め切りを守れなかったこともあります。ただ、大事なことは、『二度と同じことを言わせない』という強い決意が必要だということです。

改めて申します。「人に迷惑をかけるな」、そのためには、「決められた締め切りは、どんなことがあっても守れ」。『青年塾』は、当たり前のことを徹底してやりぬける人を育てることをひとつの基本としています。全体の足を引っ張るような迷惑をかけない、たったそれだけのことを実行できるようになっただけでも、あなたの人生はより良い方向に変わり始めます。『青年塾』は、当たり前のことにうるさいところだと承知して、しっかりと励んでください。

研修の準備にあたり、お茶を濁さないように

これから、いよいよ研修の本格的な始まりです。まずお願いしておきます。時事用語の研究、読書の感想などについて、お茶を濁さないこと。仕事が忙しいなどといった口実も、説得力はまったくありません。すべては、諸君のやる気にかかっています。やる気をもって、全力で事に当たれば、必ず道は開けます。お茶を濁すような準備は、クラス全体の士気にかかわる迷惑であることも承知しておいてください。みんなに迷惑をかけないためにも、ベストを尽くしてください。
それでは、各クラスの研修でお目にかかりましょう。楽しみです。

『青年塾』   代表 上甲 晃

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