私にとっては、七冊目の本が、新年早々に刊行される。タイトルは、『気がついたらトップランナー』。前の水俣市長である吉井正澄さんとの共著である。私は八年間、毎年水俣市に通い続けた。そしてその間、多くの魅力的な人たちと出会った。中でも、昨年まで市長として二期八年の任期を務められた吉井さんにはぞっこん惚れこんだ。その政治姿勢、人柄は、私のもっとも尊敬できるものであった。「いつかこの人から水俣病事件に立ち向かった経験談を徹底的に聞き出して、詳しく後世に残しておきたい」、そんな私の思いが、ついに一冊の本を完成させるところまでこぎつけることができたのである。その意味では、私にとって、感慨ひとしお、うれしい本の完成である。
戦後の日本で一番悲惨な公害病事件を体験した熊本県水俣市は、経済発展という視点から見れば、もっとも遅れたランナーとして走り付けてきた。言わば、最終ランナーの部類であった。ところが、時代が変わり、世の中が環境保護に目が向き始めてから、風向きが変わってきた。二度と同じ過ちを繰り返すまい、このいまわしい経験を前向きに生かしたいとの思いから進めてきた環境への取り組みが注目され始め、「気がついたら、環境最先端都市になっていた」のである。
本を出版するに当たり、私は、京都の美山荘で、吉井さんと一泊二日の合宿をした。合計の時間は、八時間にものぼるだろう。吉井さんの奥さんとわたしの妻が、そばに付き添った。吉井さんは、ほとばしるように、事態の推移と自らの思い、行動などを極めて具体的に話された。それはまことに臨場感溢れるものであった。また、改めて吉井さんの話をまとまった形で聞いて、天下の難題であった水俣病事件を解決にするために、リーダーがいかにあるべきかを教えられた気がした。
しかし、燦葉出版社の白井隆之社長は、対談のテープを聞きなおして愕然としたらしい。「とてもこれでは本にならない」。そんな印象だったのだ。話と、文章の違いだろう。それから、吉井さんは、丹念に文章を書き加えられた。私もまた、新しく文章を書き足した。吉井さんは、多くの写真も提供された。私は、昨年の「水俣講座」にカメラを持参して、その風景をとりまくった。結局、半年以上の時間がかかった。「結果的には、十分に満足のいくものができました」と、白井さんは安堵の胸をなでおろしたそうである。
■案内 『気がついたら、トップランナー』 1,500円+税
燦葉出版社発行 1月15日から発売