華氏九一一
大統領選挙を間近に控えたブッシュ大統領にとって、この映画はかなり手ごわいはずだ。ブッシュ大統領の四年間を取り上げ、その手腕を糾弾していく映画は、切り込みが鋭い。私には、ことさら、ブッシュ大統領を始めとして、それを支える最高首脳達が、゛あほ面(づら)゛に見えるのが、印象深かった。とてもこんな愚かで、ずるい輩(やから)にアメリカの政治を任せられないと、アメリカの有権者達は考えるかもしれない。
華氏九一一。テーマからして、どんな意味か分からなかった。九一一は、ニューヨークの世界貿易センタービルが崩壊し、ペンタゴンが襲撃された、あのテロの日である。映画のポスターには、「華氏九一一度は、自由が溶け始める温度です」とある。
九一一事件とアメリカの政治を結びつけ、サウジアラビアの石油の利権で深いつながりのあるブッシュ家、イラクを攻撃することにより巨額の利権を手中にする企業とつながりのあるブッシュ家を取り上げる。そして、九一一事件が起きながら、即座に調査委員会をつくらなかったブッシュに、何か特別の背景があるのではないかと迫る。
特に、事件が起きた当日、小学校の授業を見学していたブッシュが、二機目が世界貿易センタービルに激突した瞬間も、立ち上がらずに、椅子に座ったままであったことをリアルに見せてくれる。最初の飛行機が激突した時に立ち上がらないばかりか、二度目の激突を耳打ちされた時もなおブッシュは、小学校の椅子に座ったまま。心を落ち着かせるかのように、子供達と同じ教科書を開く。しかし、上の空。非情なカメラは、それから立ち上がるでもなく、誰かに指示を出すわけでもないブッシュの表情をアップで映し出す。いかにも無能な大統領に見えてくる。
もう一つ印象的であったのは、連邦議会の議員達に、「あなたの子供をイラクに派遣しないのか」と迫るシーンだ。連邦議会の議員のうち、自分の子供をイラクに送っているのは、たった一人、この映画を製作したムーアが議員を次々に追いかけて、「あなたの子供をイラクに派遣しないのか」と迫る。みんな、逃げるか、無視するか、答えても゛ほうほうの体(てい)゛である。ある議員は、「息子にはまだ幼い子供がいるから」と弁解する。映画を見ている人たちは、幼い子供を持つ人達がたくさんイラクに派兵されていることを知っているから、議員の答えに鼻白む。これもまた政治の偽善を白日のもとにさらすようだ。イラクで息子を亡くした母親の嘆きを追うシーンも印象的だった。共和党関係者は見ないらしいこの映画が、大統領選挙に与える影響に注目したい。