日本人の心

上甲 晃/ 2003年07月17日/ デイリーメッセージ

「愚か、愚かだね」。そう言いながら、顔を曇らせるのは、奈良市内にある春日大社の宮司の葉室頼昭さん。私がかねてからお会いしたいと思っていた人である。

葉室さんは、元々は、大阪市内にある名門の病院の外科部長であった。外科部長から、宮司へという転身にも興味があったが、この人の著した本を読んでいるうちに、すっかりと共鳴・共感してしまった。日本人の心のありようについて、神道を基本に据えて説き起こされている。それがまことに平易であり、しかも本質を突いている。一度機会があればお目にかかって直接話をお聞きしたいものだと願い続けていた。願えば叶うとはよく言ったものだ。たまたま岐阜県でお会いした多和田さんが、良く存知あげているので、紹介してあげようと、労を取っていただいた。お目にかかるまでには数ヶ月を要したが、とうとうこの日、実現した。

梅雨の雨に現れた春日大社の境内には、鹿が悠然と歩いている。うっそうとした緑の森が、神域をさらに深みのあるものにする。社務所に立ち寄ると、貴賓館でお待ちしていますとのこと。少し改まった気持ちで、靴を揃えて、案内された部屋に入った。

葉室宮司は、秘書を伴って、入ってこられた。私は、来訪の思いを伝えた。「春日大社は、既に千二百年の歴史があります。神を理屈で説いていたら、とても千二百年も続かなかったでしょう。理屈ばかりの世の中になってしまいました。理屈で考えるから、神を信じないという人もいる。医者の私が、目に見えない神を信じて、祈っている。何でも理屈で考えるから、物事がどんどん行き詰まってしまうのです。愚かだね。愚か」。最先端の医療に携わってきたご本人が、神の力に頼らずして医療などありえないと言われる。私はその言葉に惹かれて、葉室さんの世界にのめりこむ。

ちなみに、春日大社では、『宮司さんのお話』と題するパンフレットを作成しておられる。その中に、「病気の治りやすい人、治りにくい人」という短文が掲載されていた。「診療に来るたびに、少しでもよくなってきたことを感謝する人は治りが早い。感謝の気持ちがまったくない人、病気をつかんでいる人は、なかなか良くなりません」とある。

およそ一時間半、葉室宮司さんも気分が乗り、私も大いに乗った。実に愉快で、魂の共鳴・共感する話ばかり。結論は、日本人の魂の原点を見据えなければ、日本は絶対に良くならないこと、そしてそのことに、とりわけリーダーと言われる人たちが気づかないことに及んだ。

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