寒波
一月十日付けのバングラデシュの朝刊は、「寒波と寒さに関係する病気のために、昨日、七十三人以上の人たちが亡くなった」と伝えていた。暑いと覚悟してきたバングラデシュが、今年は、とにかく寒かった。私は、日本を出るときに、セーターなど必要ないから持って行かずにおこうと思った。ただ、帰国した時の寒さを考えれば一枚ぐらいはカバンに入れておいたほうが良いだろうと判断した。その一枚のセーターが、バングラデシュに滞在中離せなかった。それどころか、一枚のセーターではとても耐えられないほどの寒さだった。
異常気象である。一月は、いつも快適でさわやかな冬のシーズンである。七年間、冬の季節に四度訪問している。五月に訪問した時の暑さが印象的だけに、一月の快適な気候はありがたかった。しかし、今年は別だ。寒さに震え上がる。厳寒の寒さの日本から来た私たちでも寒さに震えるほどだから、いつも暑さの中で暮らす現地の人たちにはひときわ寒さがこたえるようである。あまり冬装束を持ち合わせていない現地の人たちは、セーターを着込み、マフラーを頭からぐるぐる巻きにしている。女性はスカーフで頭からすっぽりと身を包んでいる。
見るからに寒そうなのは、下半身だ。サロワカメジ、ロンギーなどの民族衣装は、暑さに対処した服装である。だから、寒波にはきわめて弱い。みんな、とりわけ足元がいかにも寒そうだ。街中で、焚き火をしている人の塊を見受ける。何人かが集まって、火を燃やし、暖を取っている。燃やしているのは、街に散乱しているゴミだ。周りのゴミを集めてきては、火をつけている。街のいたるところに、小さな焚き火の跡が一杯ある。
バングラデシュの人たちは、一部のお金持ちを除けば、暖かい風呂に入ったり、温水でシャワーを浴びることがない。井戸から水を汲んできて頭の上からざっとかける。人々は、日中の少しでも気温の高いときに水浴びしている。水上を船で遊覧した時、裸になって頭の上から水をかけている人たちを見て、私たちのほうが震え上がった。私たちが身を縮めているのを見て、船の上の男は誇らしそうに上半身裸の体で私たちに胸を張って見せた。
新聞の記事によると、寒波の影響は北部において深刻のようである。気温は、六度前後。場所によっては、零度に近いところもある。年間、ほとんどの季節は、灼熱の暑さの中にある人たちに、寒さはこたえることだろう。私達は、おかげで、日本に帰ってきても、彼我の温度差に悩まされなくてすむ。日本に帰り着いても、今年は、寒さに震えなかった。