地域の教育力

上甲 晃/ 2001年11月05日/ デイリーメッセージ

「この地区には、孤独死、登校拒否、いじめなどの問題は、まずありません」と断定した清和さんは、さらに言い変えた。「いや、まったくありません」ときっぱり言い切ったのである。最近、これほど明確に自信のある言い方で、「一切の問題がない」と断定するはいないと思うほどだ。私は思わずうれしくなてしまった。

清和さんは、山形県櫛引町黒川地区に500年前から伝わる黒川能の能役者である。普段は、サラリーマンである。私の主宰する『青年塾』庄内講座で、三人の仲間とともに黒川能のさわりの仕舞いを演じてくれた。四人の能役者たちは、仕舞いの後、舞台を降りて、塾生をはじめとする参加者と膝を突き合わせて話をしてくれた。

私が、黒川能をはじめて鑑賞したのは、三年前である。そのとき、黒川能にすっかり魅せられてしまった。500年近く、地元の氏神さんである春日神社に、氏子たちが能を奉納するしきたりは、休むことなく続けられてきた。今は、国の重要無形文化財に指定されている。 

私は、農民がそろって、農閑期に能を練習することも、それを神様に奉納することも、数百年間欠かすことなく続けてきたことも、すべてが高貴な営みと思えた。そして何よりも感心したのは、春日神社の氏子たちが、地域ぐるみで黒川能を継続してきた知恵である。まず、参加するのは、村の最長老の男性から、5歳の子供にいたるまで、総がかりである。とりわけ、氏子の家に神様を迎える王祇祭は、集落の一番長老の男性の家に能舞台を設けて行う。大地踏みの大役は、5歳の子供が担う。その大役を果たすために、家族はもとより、集落挙げて、力を合わせる。能は、集落の氏子たちの家庭を上座、下座の二つのグループに分けて、競い合う。これまた、なかなかの英知である。

老若男女、集落のすべての人たちが役割を持ち、一つの目的に向かって、力をあわせていく姿を知るにつけ、私は、一つの確信を持った。この地域には、登校拒否やいじめなどの陰湿な問題は発生しないのではないかと。そこで、能役者の一人である清和さんに、確認の質問をしてみたのである。「地域の連帯が断ち切れてしまって、地域の教育力が失われたと言われていますが、この地域のような強い絆と連帯感があると、陰湿な問題は発生しないのではないでしょうか?」と。答えは冒頭の清和さんの確信に満ちた発言である。地域の連帯があれば、教育問題の多くは解決するのだと教えられた。

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