絶妙のタイミングというものがあるようだ。神妙な顔で特別調査官と向かい合う瞬間を狙ったかのように、今回の内閣改造で金融大臣に就任した伊藤達也氏から、電話が入った。私が出した手紙に対する御礼の電話である。特別調査官も、いきなり大臣から入った電話に驚いた様子。「『青年塾』の塾生さんですか」と聞く。「否、松下政経塾時代の塾生です」と答えた。
伊藤達也氏には、大臣就任に際して、私は手紙を書いた。それは激励分である。既に、内容はデイリーメッセージで前回紹介したものだ。「本物の政治家を目指せ」、「歴史の評価に耐える仕事をしろ」、そんな激励をした。お祝いの品々はいろいろ届けられることだろうから、私は、メッセージを贈り物にした次第である。伊藤氏は、大いに喜んでくれ、「ありがたい激励」と受け止めてくれたようだ。
「先日は、塾出身の衆議院議員が十数人集まり、お祝いをしてくれました」と伊藤氏が言う。私は、「僕は、あなたが大臣の間は近づかない。その代わり、大臣を退任して時、ご苦労さんと慰労する会を持つことを約束する。だから、それまでは天下のために、大いに働いてくれ」と伝えた。約束は忘れないようにしなければならない。
伊藤達也氏は、まじめで、手堅い男である。大向こうをうならせるような派手さはないし、いかにも大人風の風を吹かせることもない。堅実、そして実直な性格である。そのぶん、仕事振りは手堅いし、信頼できる。彼が在塾中から、奥さんに宅配のピザ屋を経営させていたのも、その現れであろう。「選挙が就職活動になってはいけない。仮に選挙に落ちた時でも食べていけるように」との思いから始めたものだが、松下政経塾の塾生の中では、珍しく堅実で、現実的な発想ができる人とも言える。
それにしても、三十七歳で横浜市長になった中田 宏氏、そして四十三歳で大臣になった伊藤達也氏など、時代は若い人たちを強く求めているようである。そして、安定している時ならとても出番のない若い人が表舞台に立った時、はつらつとした改革を進めていけることもうれしいことではないか。それに対して、高度経済成長時代にスポットライトを浴びていたヒーローたちが次々に舞台から転げ落ちていくのも、象徴的な出来事ではないだろうか。
堤義明、ダイエー、なべつね、三菱自動車、橋本竜太郎、落ちていく偶像の多さは、新しい時代を待望する潮流の表れでもあるのだ。時代は大きく変わろうとしている。青年よ、勇気をもって立ち上がれ。